瀬戸際

 なんせ私は美意識が貧弱だから、文学や芸術や食い物などの云わば軟派物は書けないらしい。またもや政治の話。今年の最大の注目点は云うまでもなく、9月の自民党の総裁選である。ポスト小泉の乱で水面下では激しいムチの叩き合いが繰り広げられているらしい。なんだか競馬に似ている。血統の観点から興味深いのは、現時点で本命視されている安倍さんだ。お父さんは19年前ポスト中曽根のとき竹下氏に敗れた。ご意見番松野頼三氏によれば、竹下氏が派閥の都合で「自分を先にしてくれ」と頼んだ。安倍さんはひとがいいから「その順番でいいよ」と云った。“決断”の結果だった。それが命取りになった。安倍晋太郎氏は二度とチャンスを摑むことはできなかった。総理大臣をやるのに順番などない。早い者勝ちだ。昔、或る自民党の大物政治家が「一寸先は闇だ」とか云った。
 “譲る”という行為は利他的なもので美しい。私は中・長期的な視点ではそうあるべきだと思う。だが、目先のことについては“取る”べきだ。利己心の塊になればいいのだ。人間は極限状態に置かれたときにその本性を現す。私には戦争の体験はないが生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされたとき、戦友のことなど構っていられるだろうか。
 安倍さんにチャンスが来ている。彼は総裁の椅子を取りにいくに決まっているが、そこから先がどう展開していくか、興味深々だ。すんなり行かないかもしれない。