性風俗店

 人間は社会で生きていくのに、様々な局面で建前と本音をきっちり使い分けるのが肝心だと常日頃思っています。ですがそのバランスが時として崩れてしまいます。それは人間が神様に近いというより、獣に近いからなのかも知れません。そしてそのアンバランス現象は時に男女の性の問題について現われるのではないでしょうか。
 新聞報道によれば、女湯を覗いていた男が追われて川に転落して死んだそうです。つくづく馬鹿な野郎だなあと思いました。こんな男は性風俗店に遊びに行くのを知らないのかな。それとも、そういう処に使う金が惜しかったのかな。(今は性風俗店の存在の是非を論じるのが目的ではありません)。
 さて、このほど中村うさぎさんという女性作家を知りました。今、「私と言う病」というタイトルの本で話題になっています。「あゝ、誰か私に欲情して」との宣伝文句であります。48歳の整形女に性的価値があるのかがテーマだそうです。彼女は「今の私を迷路から救い出すためには、分かりやすく自分に値段がつくという単純明快な手段が一番よ。もしも私の性的価値に値段がついたら、たちまち裸の枝に緑の芽が吹き、自信と言う名の花が咲くかもしれない」と書いているらしいです。いやはや常識人の僕なんかは、普通は値段など付けるのはその女性自身のプライドが許さないと考えるのですが…。
 ところで、性風俗店に行けばうさぎさんのような女性に巡り会えるのでしょうか。僕がこっそりとそういう処に足を運ぶかどうか、その本音の部分は絶対に喋りません。只、僕は少なくともエスカレーターの下から鏡で女子高生の股座を覗き見するような馬鹿な男じゃないことだけは断言できます。